チェンバロ教室のカリキュラム

*改稿作業中につき、叙述に不統一があります。しばらくお待ち下さい。(2009年8月20日)

音楽のレッスンは「一人に一つのカリキュラム」です。一人一人がその人だけの音楽をもっています。レッスンはあなたの内にある音楽を実現するお手伝いをするためのものです。以下はあくまで参考程度にしてください。

1 基本方針

楽器演奏の基本はまず身体的な技術です。楽器の仕組みや理論、音楽史などの学習も欠かせませんが、すべての支えになっているのは体の感覚です。

チェンバロ奏法とピアノ奏法の関係についてはこちらをクリックして下さい。

(身体的な技術について)

身体技法とは、不必要な緊張を取り除き、必要な動きを適切に行う技術ですが、鍵盤楽器の場合、肘の緊張を取り除くことがまず第一の課題になることが多いです。つぎに、肩、首、手首、指にすすみますが、手の動きは足の動きと連動しているので、足を楽にすることからはじめた方がよいかもしれません。「脱力しなければいけない」と思うと、その思いが新たな緊張の原因になってしまうので、足の脱力に集中することで、結果的に手の脱力ができるという利点があります。手足の緊張を取り除き、首、背中の緊張もとれてきたら、体の動きの中心である腰から指先が動くようにします。また、呼吸と指の動きを一致させることで音にふくらみが出てきます。
チェンバロ奏法というと、指先の繊細なタッチが言われることが多いのですが、最初にそこから入るのは基礎工事をしないで家を建てるようなことになりかねません。あえて鍵盤楽器に共通する問題を書きました。

身体技法についてはこちらもどうぞ。

効果的な練習のためには心理的な技術も有効です。心の問題はすべて体の問題となって現われます。逆に心理的なコントロールだけで身体の可動性も変化します。(この項執筆中)

最後に一言。身体技法というと、「正しい姿勢」「正しいタッチ」などが唯一客観的に存在するように誤解することが多いようです。「正しい奏法」にとらわれることがかえって不自然な奏法の原因になっている場合もあります。身体は1人1人個性があり、身体を動かす心のありようにも個性があります。唯一の「正しさ」は存在しません。あなたにとっての正しい奏法は、楽器とあなたの体だけが教えてくれます。

(チェンバロ演奏に必要な知識の整理)

チェンバロは音楽史でいうルネサンス、バロック期(16〜18世紀)にもっとも栄えた楽器ですので、基本的にその時代の音楽を中心にレッスンをすすめることになります。(希望によっては古典的レパートリーにこだわらず、即興、創作を中心にしてもいいと思います)

この時代の音楽を演奏するために有用な知識としては、
@ルネサンス後期に確立した対位法
A通奏低音
Bバロックオペラ
Cバロックダンス
Dレトリック
Eその他バロック期の文化史一般(特に建築、演劇、詩)
が挙げられるでしょう。
まずは、バロックオペラやバロックダンスをYou TubeやDVDで観ることからはじめてはいかがでしょうか。

レッスンでも、これらの事柄が身につくように教材を考えています。

2 テキスト

初級入門者用のチェンバロのテキストはあまりありません。
市販のもので入手しやすいものとしては、

「ハープシコード・メソッド」(マリア・ボクソール著 有田千代子訳 日本ショット)
The Amsterdam Harpsichord Tutor (Kees Rosenhart著 Muziekuitgeverij Saul B. Groen)

があります。両者ともルネサンス〜バロック期の原典資料を抜粋してならべたもので、たいへん貴重な仕事だと思いますが、「とりあえずチェンバロを弾いてみたい」という方には学究的でおもしろみがないかもしれません。「ハープシコード・メソッド」は「鍵盤楽器ははじめて」という方には5曲目からいきなり難しくなるように思います。

簡単でおもしろく、かつルネサンス〜バロックの精神をうけつぐような初級テキストを書きたいと思っています。現在、以下の方針でオリジナル教材を作成中です。

*全くの初心者にも、基本的なこと(発音、ダンスのリズム、典型的なバスのパターン)が説明できるように、簡単な譜面にする。(ボクソールの「ハープシコード・メソッド」でいえば最初の4曲程度)
*主要なダンスの種類、有名曲、典型的な即興パターンをある程度網羅する。
*演奏技術と音楽史の説明と作曲法(通奏低音と対位法)の説明を少しずつできるようにする。

現在部分的には教室で使用しています。目次案についてはこちらをご覧下さい。

次に、現代の編集ものではなく、原典そのもので入門向けのものとしては


「クラブサン奏法」(フランソワ・クープラン著 山田貢訳 シンフォニア)
「アンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帳」(ベーレンライター原典版ほか)

を使うことが多いです。
(体験レッスンでは、「アンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帳」のメヌエット(バッハのメヌエットとして有名なもの)をよく使います。)

ピアノを弾いてからチェンバロを習いに来られる方が多いので、あまり不便に思っていなかったのですが、やはり初心者向けのテキストがあった方がよいと思います。

基本の説明がある程度できましたら、生徒さんと相談しながらチェンバロの古典的レパートリーを学んでいくことになります。

3 チェンバロの古典的レパートリーの紹介

チェンバロ音楽の古典的レパートリーはおおよそ以下のグループに分けられます。
(以下は、レパートリーを広げるうえで足がかりとなるいくつかのグループを選んだものです。芸術的、あるいは音楽史的価値からではなく、教育的配慮が基準となっています。単純化するために作曲家も数をしぼっていますし、またどのグループにも入らない、すばらしいレパートリーがたくさんあります。)

1 ルネサンスのスペイン音楽(16世紀)

主な作曲家 楽譜
アントニオ・デ・カベソン(1510-1566)
Antonio de Cabezón
Collected Works for Organ or Other Keyboards 1-6(ed Higini Angeles, Masters )

*映像はクラヴィコードによる演奏です。


2 ルネサンスのイギリス音楽(16世紀後半〜17世紀前半)

主な作曲家 楽譜
ウィリアム・バード(1543-1623)
William Byrd
Keyboard Music I,II(Musica Britannica 27,28)
My Ladye Nevells booke of Virginal Music(Dover)
ジョン・ブル(1562-1628)
John Bull
Keyboard Music I,II(Musica Britannica 14,19)
オーランド・ギボンズ(1583-1625)
Orlando Gibbons
Keyboard Music (Musica Britannica 20)

その他、Fitzwilliam Virginal Book(Dover) はこの時代を知るのに欠かせない有名な曲集。


3 ルネサンス〜初期バロックのオランダ・北ドイツの音楽(16世紀後半〜17世紀)

主な作曲家 楽譜
ヤン・ピータースゾーン・スヴェーリンク(1562-1621)
Jan Pieterszoon Sweelinck
Breitkopfから Harald Vogel とPieter Dirksen による新しいSämtliche Werk für Tasteninstrumenteが進行中。現在一般的なのはオランダのKVNMから出ているOpera Omniaの1〜3巻(Gustav Leonhardt,Alfons Annegarn,Frits Noske)。安価な全集としてはDoverからSeiferd編のものが再版されている。

4 後期ルネサンス〜初期バロックのイタリア音楽(16世紀後半〜17世紀前半)

主な作曲家 楽譜
ジローラモ・フレスコバルディ(1583-1643)
Girolamo Frescobaldi
Bärenreiter(Neue Ausgabe Sämtlichen Orgel und Clavierwerke)とZerbiniから新しい全集が刊行途上。比較的安価で入手しやすいのはBärenreiterの旧版Orgel- und Klavierwerke-Gesamtausgabe(Pidoux編集全5巻)


5 17世紀〜18世紀のフランス音楽

主な作曲家 楽譜
ジャック・シャンピオン・ド・シャンボニエール(1601-1672)
Jacques Champion de Chambonnières
Pièces de Clavecin
(FuzeauやBroude Brothersからファクシミリ版が出ている。)
ジャン=アンリ・ダングルベール(1635-1691)
Jean-Henry d'Anglebert
Pièces de Clavecin
(Heugelから信頼できる現代版(全2巻)が出ている。また、Fuzeauから比較的安価なファクシミリ版が出ている。)
ルイ・クプラン(ca.1626-1661)
Louis Couperin
Pièces de Clavecin
(l'Oiseau -lyreから信頼できる現代版(1巻本)が出ている。Heugel版もある(全2巻)。)
フランソワ・クプラン(1668-1733)
François Couperin
Pièces de Clavecin
(Heugelから信頼できる現代版(全4巻)が出ている。また、Fuzeauから比較的安価なファクシミリ版(全4巻)が出ている。)
ジャン=フィリップ・ラモ(1683-1764)
Jean-Philippe Rameau
Pièces de Clavecin
(Bärenreiterから比較的安価な信頼できる現代版(全1巻)が出ている。)

*シャンボニエールの映像はバロック・リュートによるものです。



6 17世紀の南ドイツ音楽

主な作曲家 楽譜
ヨーハン・ヤーコプ・フローベルガー(1616-1667)
Johann Jakob Froberger
BärenreiterからSiegbert Rampe編集の新しい全集Neue Ausgabe Sämtlichen Werkeが刊行中(全5巻、ただし3、4巻はそれぞれ2分冊、5巻は現在未刊)。完結しているものにはHeugelの2巻本(高価)、Doverの安価な再版がある。

*映像はクラヴィコードによるものです。


7 バッハ、ヘンデル、スカルラッティ

作曲家 楽譜
ヨーハン・ゼバスティアン・バッハ(1685-1750)
Johann Sebastian Bach
ベーレンライター原典版Bärenreiter Urtextとして、新バッハ全集に基づく原典版が比較的安価に手に入る。
ジョージ・フリデリク・ヘンデル(1685-1759)
George Frideric Handel
ベーレンライター原典版Bärenreiter Urtextが比較的安価に手に入る
ドメーニコ・スカルラッティ(1685-1757)
Domenico Scarlatti
HeugelからKenneth Gilbert編集による全集が出ている(ただし高価)。Emilia Fadini編の新しいRicordi版全集が比較的安価で良い(Ricoldi版でもLongo編集の旧版は避けること)。安価で信頼のおける選集には、カークパトリックや橋本英二編集の全音版がある。

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