教養としての和声

(作成中の文書ですが、順次公開します 2009.8.22)

 ハーモニーの美しさは音楽の魅力の大きな部分をしめています。合唱する人も合奏する人も「ハモる」喜びを知っています。一方で、「和声学」となると、「和声学が大好き」という声はほとんど聞えてきません。
 日本の音楽大学でよく使われている「和声 理論と実習」という本がありますが、この本を勉強すれば日本の和声教育の問題点がはっきりします。愛想のよい本ではありませんが、論理的に整理されていて規則をしっかり覚えてこつこつ努力して実習すれば「普遍的で正しい」和声を習得できる親切な本です。
 ところが、この和声を拠りどころにして実際の音楽作品に取り組めば、微妙な違和感が生じてきます。勘がよい人なら実習しながら、こんな和声はバッハにも、モーツァルトにも、ベートーヴェンにも似ていないと感じることでしょう(この3人の名前を挙げたのは、この教科書にこの3人が学習対象だと書かれているからです)。あるいは、そもそもバッハとモーツァルトとベートーヴェンとでは和声感覚が違うのだから、この3人を一体化してモデルにするという企画自体がおかしいのではないかと感じられるでしょう。はっきり言ってしまえば、まさしくその通りで、この教科書の和声はこの教科書の中でしか通用しないものです。古典和声の教科書といいながら、過去の芸術作品の理解にも役立たないものです。
 すでに1980年の時点でディーター・デ・ラ・モッテの「大作曲家の和声」(原題 Harmonielehre )という本の翻訳が出版され、その序文でこのような和声学が徹底的に批判されています。
 「大作曲家の和声」や1993年に出版された中村隆一著「大作曲家11人の和声法」に出会ってわたしは和声学に感じていた疑問を氷解することができました。実際の和声は時代や地域や作曲家によって異なる固有の和声感覚から生まれてきたものです。複数の大作曲家の作品から得られた規則性を混ぜ合わせて、そのことを明示せずあたかも普遍的な規範として提示する試みは音楽の化け物を生んでしまうようです。
 このことで思いうかぶのが、日本の英語教育です。日本の英語教育もまた実際には時代、地域、社会階層、TPOなどによって異なる英語をいっしょくたにして、そのことを明示せずあたかも普遍的なひとつの英語があるかのように教えることで、英語ではない化け物を生み出しています。英語圏で暮らしたことがある高校生が日本の学校で英語の先生に「英語ではそんな言い方はしません」と言ったら、英語の先生が「そうかもしれないが、日本の英語ではそう言うことになっている。」と答えたというブラックユーモアがあります。実際には笑い話ではなく、英語としてはおかしくてもそう答えなければ入学試験に受からないとなると悲劇です。
 実際、作曲家で「和声学は実際の和声とは違う。」と言う人は多いです。わかっていてなぜ「それでも和声学はできないと音楽大学に入れない」と言うのでしょうか?和声の感覚のある若い人は、英語を読み書きできる人が英語でないものを答えにしなければいけないのと同じ苦痛を、和声学の試験に感じることでしょう。

 理論の本来の役割は、音楽を学びたいと思う人が個々の実作から学ぶことができるような道案内をつくることです。道はいろいろあります。私としては、
 必要最小限であること
 歴史的文化的観点をとりいれること
 演奏に役に立つこと

を方針として、実用的な和声教科書をつくりたいと思います。

 タイトルを「教養としての和声学」とした理由のひとつは、鴻上尚史の「あなたの魅力を演出するヒント」という本で「感情の教養」という言葉が使われていて、「感情の教養がある人とは、感情を知っていて、それを有効に創造的に使える人」というようなフレーズがあったからです。教養とは「偏差値が高い」とか「知識がある」ということではなく、物事を体験的に知っていて創造的にも使えることだとあります。もうひとつの出所は阿部謹也の「教養とは何か」で、「教養がある人」とは「自らの生き方を通じて周囲の人に自然に働きかけてゆくことができる人」とされています。

 日本人が西洋音楽の和声にふれてまだ100年と少ししか経っていないという事情も大きいとは思いますが、リズム、メロディーなどに比べてハーモニーの認識は主観的な要素が大きいように思います。「主観ほど変わりやすくあてにならないものはないが、最終的な拠りどころとなるのは主観しかない」というのは芸術の根本的な態度だと思いますが、これこそ日本の教育に欠けがちなものだと思うのです。和声学の教科書にせよ、英語の教科書にせよ、日本の教科書からは著者の「私はこう思う」という強いメッセージが感じにくいのです。

入門編 目次

レッスン1 英語音名を覚えよう。コードネームのルート音だけで伴奏しよう。

レッスン2 コードネームが書かれていない譜面の場合どうするか

レッスン3 音程の話

レッスン4 ルートと5度の重音で伴奏しよう

レッスン5 ルート、5度、オクターヴのアルペジオで伴奏しよう

レッスン6 均、調、教会旋法

レッスン7 調、旋法の判定

レッスン8 3度音の導入

レッスン9 コードネームのまとめ〜その1 メジャーコードとマイナーコード

レッスン10 六の和音と四六の和音、転回形、コードネームでの転回形の表し方

レッスン11 七の和音、五六の和音

レッスン12 コードネームのまとめ〜その2 aug,dim,sus4,add9

中級編 目次

レッスン1 16〜17世紀の旋法和声の分析

レッスン2 18世紀和声の分析

レッスン3 一般的な和声教科書とバロック和声の相違点

レッスン4 非和声音

レッスン5 調のキャラクター

レッスン6 古典調律

レッスン7 ルネサンス以前の和声とフォーブルドンについて

レッスン8 16、17世紀の定旋律、バス定型

レッスン9 コラールの和声 16世紀の和声づけと18世紀の和声づけの比較

レッスン10 転調

レッスン11 古典派和声の分析

レッスン12 20世紀前半の和声とポピュラー音楽の和声の分析

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